何事においても、物事を理解し上手に行うには、中心・核となる部分を見極めるのが重要です。
核心をつかんでこそ、スポーツも勉強も、あらゆることを習得できたと言えるのではないでしょうか。
核心を掴まずに的外れなことばかりを行えば、いつまで経っても技術は向上せず、空回りしてしまいます。
中心を見分ける必要性があるのは、人類という社会的集団においても同様です。私たち人類の中にも、核となり中心となる人物が存在します。
世界を見渡せば、様々なリーダーとされる人物がいます。
その中でも神様が最も注目される方こそが「中心人物」なのではないでしょうか。
聖書には、アダムの息子であるカインとアベルという人物が出てきます。カインは、当時の中心人物出会ったアベルに従って同じように捧げ物を捧げてこそ、神様に受け取られたはずでした。
しかしカインは、中心人物アベルとは異なった捧げ物を神様に捧げたことが、聖書の創世記に記されています。そのため、神様に受け取ってもらえず祝福もされなかったのです。
‘時を経て、カインは土の実りを主のもとに献げ物として持って来た。 アベルは羊の群れの中から肥えた初子を持って来た。主はアベルとその献げ物に目を留められたが、 カインとその献げ物には目を留められなかった。カインは激しく怒って顔を伏せた。 主はカインに言われた。 「どうして怒るのか。どうして顔を伏せるのか。 もしお前が正しいのなら、顔を上げられるはずではないか。正しくないなら、罪は戸口で待ち伏せており、お前を求める。お前はそれを支配せねばならない。」 ‘
創世記 4:3-7
https://www.bible.com/ja/bible/1819/GEN.4.3-7
今の時代、キリスト教の中心人物はRAPT氏です。その理由は、同氏による預言がことごとく成就しているからです。
‘その預言者が主の御名によって語っても、そのことが起こらず、実現しなければ、それは主が語られたものではない。預言者が勝手に語ったのであるから、恐れることはない。’
申命記 18:22
https://www.bible.com/ja/bible/1819/DEU.18.22


さらに、RAPT氏が伝える啓示の御言葉に従うことで、私は罪から離れ、義を行なって生きられるようになりました。
今も世の中では、自らの行いによって問題を起こし、ネット上での炎上や刑事事件に発展するなど、破滅の道を辿る人が後を絶ちません。
こうした出来事は聖書に記述される「罪」が原因で起こっています。
‘彼らは神を認めようとしなかったので、神は彼らを無価値な思いに渡され、そのため、彼らはしてはならないことをするようになりました。 あらゆる不義、悪、むさぼり、悪意に満ち、ねたみ、殺意、不和、欺き、邪念にあふれ、陰口を言い、 人をそしり、神を憎み、人を侮り、高慢であり、大言を吐き、悪事をたくらみ、親に逆らい、 無知、不誠実、無情、無慈悲です。 ‘
ローマの信徒への手紙 1:28-31
https://www.bible.com/ja/bible/1819/ROM.1.28-31
ゆえに、御言葉に従うことで罪から離れ、義を行えるようになること自体が、人生においてとてつもなく素晴らしい祝福です。
‘これに対して、霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、 柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。 ‘
ガラテヤの信徒への手紙 5:22-23
https://www.bible.com/ja/bible/1819/GAL.5.22-23
私は、RAPT氏の御言葉に従うことによって、毎日好ましい実が結ぶのを実感しています。だから、同氏が今の時代の中心人物であると証できるのです。
‘「偽預言者を警戒しなさい。彼らは羊の皮を身にまとってあなたがたのところに来るが、その内側は貪欲な狼である。 あなたがたは、その実で彼らを見分ける。茨からぶどうが、あざみからいちじくが採れるだろうか。 すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。 良い木が悪い実を結ぶことはなく、また、悪い木が良い実を結ぶこともできない。 良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。 このように、あなたがたはその実で彼らを見分ける。」 ‘
マタイによる福音書 7:15-20
https://www.bible.com/ja/bible/1819/MAT.7.15-20

混沌とする世の中でも、中心人物を見極めて生きるなら、まるで台風の目の中にいるように、困難を横目に幸福に生きられます。
大きな視点では、コロナ禍や物価高といった様々な苦境が世界を襲いましたが、私たちはその中でも全ての困難を跳ね返し、経済的にも健康的にも恵まれて、平安の中で暮らしてきました。御言葉通りに「義」を行うと、かえって事業の成果が出たりして、経済的にも不思議と守られてきたのです。
小さな視点で言えば、なかなか取り組みを継続できなかった私が、中心者の御言葉に従うことで、例えば筋力トレーニングをするようになったり、食事に気を遣ったり、節制して健康に暮らしています。こうした日常の幸福も含め、ありとあらゆる面で良い実を結ぶことができるようになったのは、御言葉に従うことで神様が知恵と意欲を与えてくださるからです。
これらはすべて、中心人物を見極めて生きてきた結果です。中心人物が誰であるか悟ることで、物質的にも恵まれるだけでなく、霊的にも神様の愛を心から実感し、日々満たされて生きることができます。神様から知識や知恵を霊感や万物を通して受けると、心は喜びで爆発します。この世の書物や学問からは決して受けられない喜びです。私たちは、「人はパンだけで生きるのではない」という聖書の言葉通りです。
あなたが時代の中心人物を見極め、神様にどこまでも祝福される人生を歩まれることを、心から願っています。
お読みいただきありがとうございました。

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